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お市の方【辞世の句】

武将データ
なまえ おいちのかた お市

Wikipediaより

出身 尾張国
家紋 なし
主家 織田家
享年 37歳(1547?~1583)

お市の方の辞世の句

【さらぬだに うちぬるほども 夏の夜の 夢路をさそふ ほととぎすかな】

歌意:(既に死を覚悟しているのに)そうでなくても、疲れ果ててウトウト気を失うほど眠気をさそうこの夏の夜に、あなた(勝家)様との別れをせかせるようにホトトギスが鳴いていますよ。

 

 

お市の方ってどんな戦国武将?

戦国武将ではありませんが、戦国時代の重要人物なので紹介します。

 

波乱万丈の道

戦国一の美女、そして頭も切れる人物だとされるお市。信長の妹あり、那古屋城で生まれたとされています。

浅井長政の頁でも記述しましたが、政略結婚て嫁いだお市ですが、愛し愛されたおしどり夫婦であったといわれています。姉川の戦いにより、浅井三姉妹を連れて城から泣く泣く脱出。この後、長政とは死別します。

 

信長が死没後、清須会議において、柴田勝家羽柴秀吉の申し合わせによって、柴田勝家と再婚することになりました。当時はそこまで珍しいものではありませんが、25歳差の年の差婚でした。

清須会議の国割りで、秀吉は大きく勢力を伸ばします。所領に加え、織田家家中の中枢に入り込んでおり、後継者も据えている状況。そこから勝家が滝川一益と共に秀吉に対抗しようとします。そして賤ケ岳の戦いがはじまります。結果は秀吉の勝ち。勝家はお市に逃げるように伝えますが、お市は娘たちだけを流し、共に自害することを選びます。

これは、秀吉のことを毛嫌いしていたからともいえますが、25歳の年の差を乗り越えて、勝家を慕っていたからとも言われています。

 

お市と勝家の辞世の句

お市の辞世の句にも、勝家の辞世の句にも『ほととぎす』がでてきます。

お市の句には、元ネタが存在します。新勅撰和歌集におさめられている藤原俊成の句です。

さらぬだに ふす程も無き 夏の夜を 待たれても鳴く 時鳥哉(ほととぎすかな)

とあり、大分似せられていることが分かります。

 

再婚から、わずか一年で起こった賤ケ岳の戦い。長政のことからも、お市は『傾国の美女』などど評されることもあります。もちろん、お市が望んだ道でないことは言うまでもありません。壮絶な戦国の世に生まれながら、戦場で生きる女の道を清く貫いた、芯のある女性といえそうです。

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